充実している

キバナコスモス
キバナコスモス

 少し前にリア充って言葉が蔓延していましたが

 

(今でもあるかな?)

 

充実っていうのは、どんなことなのかなぁと思います。

 

充実しているのは、1日にたくさんの予定がはいっていたり

 

たくさんの友達にあったり、お金をたくさん持っていて

 

はやっているものやたくさんのものを買って所有していること

 

なのかなぁ、と。

 

たぶん、年を取ってきたのと(!)この人生で自分は果たして大金持ちではない

 

っていうことがうすうす(笑)わかってきたからなのかもしれませんが。

 

それだけでは、ナイと思うのです。

 

そうだとすると

 

「何を手に入れたら充実するのか?」

 

ということになりますよね。

 

前にも書きましたが、最近、自分の夢と付き合っています。

 

そして、自分の描いた曼荼羅について。

 

自分の中にある無意識との付き合いをしています。

 

その経験を通して、自分の中の深い部分に触れている感覚、

 

それは実際に自分の中にあって、そこも本当の自分でもある。

 

 

現実社会の中で生きている自分もいるけれど

 

深い深いところで存在していて、今の自分とつながることで

 

安定した、充実した生を送れる。

 

そのように実感しています。

 

無意識、または神聖な自己、とも表せるのだと思うけれど

 

その存在に気が付くこと、何を言っているのか耳を傾ける

 

ことが大切になってくると思います。

 

自分の中の神聖な部分といわれて、ぴんと来なくても

 

無意識という言葉が分かりやすければ、無意識で。

 

どんな言葉であっても、何か自分の奥深い部分にある。

 

とても大切な部分。

 

そことつながること、耳を傾けていくことが

 

本当の充実につながるように思います。

 

好きなことをやっているのに、

 

人生で不満なことなどないはずなのに、

 

なのになぜか、むなしくなっているとき。

 

または、自分はどうしようもなく思えるとき。

 

自分が本当に何をしたいのかわからないとき。

 

 

自分の深い深いところの声に耳を傾けてみませんか。

 

 

 

 

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香川にくる飛行機の中で、ANA

の機内誌を読んでいたら、伊集院さんの旅のエッセイがアフリカケニアで奥様が買ってきたお土産の話だった。


その中に、アフリカの手という言葉について書かれてあった。




その言葉は、一度でもアフリカの大地に足を踏み入れ、その風に、光に、水音に、雨音に、朝陽、夕陽、満天の星々に触れた人は、アフリカの手に抱擁を受けていたのだという。そうして、その手に抱かれた人は必ずもう一度、アフリカの大地に帰ってくるのだと言う。




引用ここまで。



アフリカにいつか戻りたい。